MLDの初期開発について

MLD = Molecular Layer Deposition (分子層堆積技術)というAtom原子ではないですが、ポリマーを積層させる技術がいくつかの応用分野で注目を浴びていると思っています。最近流行りのASD(Area Selective Deposition)でのレジスト的な役割として、Self-Assemble Monolayer (SAM) 自己組織化単分子膜を使った研究がされています。また全固体電池の表面改質としてもイオン導電性の向上にMLD膜が寄与するとの発表もございます。あまり有名ではないかもしれませんが、MEMS技術で製造したインクジェットヘッドのスティッキング防止膜としては既に量産化もされており、確立した技術となっている分野もございます。今回はその成り立ちについて解説したいと思います。


ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、この初期のMLD研究では二人の日本人研究者が大きく貢献しております。お一人は現在の静岡大学教授久保野敦史氏であり、もうお一方は東京工科大学名誉教授の吉村徹三氏です。書籍のご紹介などのご縁があり、今回その当事者である先生方に直にコンタクトを取り、改めてどういう経緯でこの技術が開発されたのかをお聞きしました。僭越ながら私見も含めて時系列に報告させて頂きます。


1987年10月20日 応用物理学会学術講演会当時東京工業大学の大学4年生であった久保野敦史氏が蒸着重合の技術を使って、縦方向に分子が配向したとする発見を発表されました(ただしご発表は日本語でした)。蒸着重合とは、高分子は蒸発させることが出来ないので、異なる低分子を二つ飛ばして、チャンバー内で高分子重合させることをいいます。(なおこの技術はUlvac社が開発した歴史あり。)通常蒸着重合ではランダムに高分子が成長しますが、温度などを適正にすることで世界で初めて縦方向にポリアミド((poly(decamethlene sebacamide) )を配向成長させることに成功されました。使用材料:①1,10-ジアミノデカン、② 塩化セバコイル
もう1点特筆すべきは、2つの材料の同時蒸着ながら、異なる低分子種でのみ重合反応が起こり、同じ低分子種では重合しないというSelf Limiting すなわち自己制御性もある特徴を備えておりました。
タイトル「真空蒸着法によるナイロン10, 10の自己選択エピタキシャル配向重合」

1988年10月 久保野氏の指導教官である東京工業大学教授奥居徳昌氏が『表面』(広信社、表面談話会・コロイド談話会編)で有機蒸着薄膜の分子配向特性の総論で久保野氏の研究成果を取り上げられました。

1990年9月13日 この久保野氏の蒸着重合に関する最初の英語の論文「 HIGHLY ORIENTED POLYAMIDE THIN FILMS PREPARED BY VAPOR DEPOSITION POLYMERIZATION」が発表されました。

1991年3月18日  富士通研究所(リーダー:吉村徹三氏)による英語の論文「Polymer films with monolayer growth steps by molecular layer deposition」が発表されました。使用材料:①テレフタルアルデヒド、② p-フェニレンジアミン
吉村徹三氏によれば、無機材料のALE= Atomic Layer Epitaxyの技術から着想を得て、IBM社や上記の久保野先生そしてUlvac社の蒸着重合の研究を踏まえて、配向性高分子膜ポリアゾメチンの積層を繰り返し行うことにより分子層を一層づつ積み上げる今のMLD技術を確立されたそうです。久保野先生が材料を2種類同時に飛ばすのに対して、別々材料を飛ばしその間にパージプロセスを入れて飛ばしてこのプロセスを完成させました。そして「Molecular Layer Deposition」と命名されました。
残念ながら、その後富士通研究所での先行研究がいくつも撤退され、その中にMLDも入ってしまいました。

2001年4月  吉村徹三氏は東京工科大学に着任し、MLD研究を再開される。これ以後、SAM上へのポリマー配向制御、MLDによる量子ドットなどの形成などMLDの礎となる研究が行われました。

2011年  吉村氏はMLDに関してまとめあげ、英文書籍「Thin-Film Organic Photonics – Molecular Layer Deposition and Applications」が出版されました。

私見
驚いたことに、MLDの道を開くきっかけの発見が大学4年生によってなされたことです。当事者である久保野先生によれば、ちょっとしたアイデアを試したことで、縦への配向性成長に繋がったそうです。(上記の最初のご発表の際は、修士1年だったそうです。)多くのノーベル賞受賞者も受賞の決め手となる研究は若い時の成果が元になっているそうなので、こういうことがALDの世界でなされたというのも勇気づけられる話です。多くの若い研究者(若くなくとも(笑))には柔軟な考えで、新しい発見が見つかりますことを祈りつつ。


論文の日付は全て、受領(Received) または受付(Accepted)された日付を採用しております。

謝辞
① 今回吉村先生と久保野先生に今までの論文をお送り頂き解説を受けたこと、多大なる感謝の念に加えとても光栄でした。
② 吉村氏の上記の著書をご紹介頂きました舞鶴工業高等専門学校廣芝伸哉先生に感謝申し上げます。ご紹介がなければ、今回の探索をすることはなかったと思います。
③ また論文の探索を早稲田大学桑江博之先生(指導教官:水野潤先生)にお手伝い頂き大変助かりました。

ご参考 
静岡大学久保野研ホームページ: https://wwp.shizuoka.ac.jp/kubono-lab/